相続・遺言 2
相続に関する法律
「相続人」は誰になるのですか?
先日、私の知り合いに不幸がありました。お悔やみを申し上げた後、相続についての話題になったのですが、基本的な事がよくわかっていないのでうまく説明できませんでした。そもそも「相続人」はどのようにして決められるのでしょうか?
Ans
相続人となる者、その相続人が相続する割合は民法により定められています。これらをそれぞれ「法定相続人」「法定相続分」といいます。
相続人とは
人が亡くなった時に、相続人となる者は民法に定められています。これを「法定相続人」と言います。民法に定められている事を少しわかり易くなるよう努力して説明します。
先ず、配偶者は常に相続人になります。次に、被相続人(亡くなった方)に子があれば、子が配偶者と共に相続人になります。子がいない時は直系尊属(親、祖父母、曽祖父母等)が配偶者と共に、子も直系尊属もいない時は兄弟姉妹が配偶者と共に相続人になります。
これらを第1順位、第2順位、第3順位と呼びます。
つまり
第1順位の相続人 配偶者と子
第2順位の相続人 配偶者と直系尊属
第3順位の相続人 配偶者と兄弟姉妹
もし、いずれの場合においても配偶者がいなければ、それぞれの場合に子、直系尊属、兄弟姉妹だけが相続人になります。これとは逆に、子も直系尊属も兄弟姉妹もいない時は、配偶者だけが相続人になります。
相続が発生する際一番最初にしなければならないのは、この「相続人」の確定です。これは、戸籍を遡って確定しなければなりません。
例えば、正式に婚姻をしていない「内縁の妻」、「事実婚」は戸籍上、配偶者にはなりえませんので、相続人にはなれません。
相続分とは
民法の規定により、法定相続人が決まるとそれぞれの場合に、各相続人が相続する割合が決められています。この事を「法定相続分」と言います。
つまり、相続分とは
各相続人が遺産に対して有する取得することのできる割合若しくはその割合によって取得すべき遺産の価額をいいます。審判で行う遺産分割はもちろん、民法に定められた相続分に従ったものでなければなりませんし、協議や調停による場合にも、相続分を考慮して進められます。
そこで、民法で定められている相続分は
- 第1順位 配偶者2分の1、子2分の1
- 第2順位 配偶者3分の2、直系尊属3分の1
- 第3順位 配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1
子、直系尊属、兄弟姉妹のそれぞれが複数の場合には、各自の相続分は原則として平等になります。
例えば、第一順位の場合で子2人(a、b)の場合における各自の相続分は、
配偶者 2分の1
子a 4分の1
子b 4分の1
となります。
ただし、子について非嫡出子は、嫡出子の相続分の2分の1、兄弟姉妹について父母の一方が違う者は同じ者の2分の1になるという違いはあります。
最高裁平成21年9月30日判決
嫡出子とは、婚姻届を出して法律上婚姻関係にある父母の間に生まれた子の事をいいます。非嫡出子は、そうでない父母の間に生まれた子の事をいいます。上記のように、民法が非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と定めている事について、憲法の平等原則に反するとの意見もありますが、最高裁判所の多数意見は憲法に違反しないと判断しています。
ただし、最高裁平成21年9月30日判決においては、違憲の疑いが極めて強いという補足意見、憲法14条1項に違反するという反対意見が付されており、その後、高裁レベルの判決や決定では、憲法14条1項の定める平等原則に反するとする裁判例も出されています。
今後は、最高裁判所における判断がなされるか、民法改正がなされる事により、抜本的解決が図られることかと思われます。
日本国憲法14条
- すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
- 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
- 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
相続開始後の賃料や利息
先日、私の父が亡くなりました。父の遺産の中に、他人に賃貸している土地・建物があります。
父が亡くなっても賃料は発生しています。父の死亡した後から遺産分割協議がまとまるまでの間に、これら貸地や貸家の賃料は誰のものになるのでしょうか?
Ans
貸地や貸家の相続開始後、遺産分割協議がまとまるまでの間の賃料は、判例によりますと、当然には遺産分割の対象にはなりませんが、相続人全員が遺産分割の対象とする事に同意すれば、遺産分割の対象として協議する事が出来ます。もし、同意が得られない場合は、遺産分割の調停や審判において、出来るかぎり遺産分割として一括して解決できるよう相続人全員の同意を求めることになります。
そして、これでも同意が得られない場合には、賃料を誰が取得するかについて、別途、訴訟が必要になることもあります。
遺産からの収益と遺産分割
被相続人が亡くなって、相続が開始した後、遺産分割がなされるまでにかなりの期間を要する事がよくあります。そしてのそ期間中に、被相続人の遺産の中には収益が生じるものもありす。
例えば、今回のご質問のように、遺産に属する不動産が貸地や貸家となっている場合には、その賃料が収受される事になりますし、、遺産に属する銀行預金に利息が発生する場合等といった事があげられます。
そもそも、これらの収益は遺産分割の対象になるのでしょうか?
もし、遺産分割の対象にならないとしたら、どのように分割すればいいのでしょうか?
がここでの問題です。
果実の遺産帰属性(積極説・消極説・折衷説)
先程の「賃料」や「利息」の事を果実といいます。
これらの果実は遺産に属するのでしょうか?これについては3つの見解があります。
- 積極説
遺産から生じた果実は、遺産の自然的増大であり、遺産と同一視しても差し支えありませんので、当然に遺産分割の対象となる
⇒ 相続後に遺産から生じた果実は遺産分割の対象になり、常に遺産分割の審判事項になるという事になりますので、果実を常に家庭裁判所における遺産分割の審判事項とすると、果実の存否、数量を細かく家庭裁判所で認定しなくてはならない事になりますので、遺産分割協議の迅速な解決が出来なくなるという批判があります。 - 消極説
遺産は相続開始時に存在した財産に限られるので、相続開始後に生じた果実は遺産とは異なり、遺産分割の対象にはならない
⇒ このように一律に果実を遺産分割の対象から外して、常に遺産とは別個に民事訴訟手続きによってその分割をしなければならないとすると、遺産および果実を総合的、合目的的に分割し、一回の手続きで遺産に関する争いを解決する事が困難になってしまいます。 - 折衷説
基本的に果実は遺産ではなく、果実の分割は遺産分割手続きとは別個に訴訟手続きでなされるものとしつつ、一定の場合に遺産分割手続きで果実の分割もなしうるという考え方
この3説の中では、折衷説が一番有力な考え方になります。
果実の分割もなしうる一定の場合とは?
それでは、上記3説で一番有力な考え方である折衷説の「一定の場合」とはどの様な場合であるのでしょうか?
これには2つの考え方があります。
- 果実は多種多様なものがあるので、基本となる遺産の性質、果実の発生原因、種類、態様、時期、果実の算定の難易などにより、客観的に審判の対象となるものとならないものが決まるという考え方です。
この考え方に対しては、遺産分割の対象となる果実と対象とならない果実とを区別する明確な基準を立てることが難しく、相続人は遺産から生じる果実をどの手続きによって分割をすれいいのか迷ってしまうといった、相続人の権利の保護に欠けているという事が指摘されています。 - もう1つは、相続人全員が果実を遺産分割の対象とすると合意をした場合に限り、遺産分割の対象とするという考え方です。
この2つの考え方では、2の考え方が有力であり、実際に家庭裁判所においては、この考え方に沿った運用が一般的になされています。
遺産分割協議の対象とする同意が得られない場合
賃料等といった果実を遺産分割協議の対象とする事について、相続人全員の同意を得る事が出来ない場合、賃料等の果実は誰のものになるのかという事について、判例の考え方が分かれていました。
つまり
- 遺産分割によって特定の財産を取得した者が、相続開始の時に遡ってその財産の果実を取得するという考え方
- 遺産分割が成立するまでに遺産から生じた果実は、各共同相続人がその相続分に従って取得するという考え方
最高裁は、後者の考え方を採る事を明らかにしました。
今回の質問においても、果実を相続人全員が遺産分割の対象とする事の同意を得る事が出来ないのであれば、遺産分割協議成立までの賃料は、相続人が相続分に従って取得するという事になります。そして、相続人の中に相続分を超えて取得している人がいる場合、他の相続人は返還請求する事が出来ます。
貸金庫の開閉について
先日、私の夫がなくなりました。これから相続について色々考えなければならないのですが、生前に夫は銀行の貸金庫を利用していた事を思い出しました。
その中に証券類やその他の金融証券、もしかしたら遺言書がその中にも入っているのではないかと思い、私が銀行に行き貸金庫の開扉をお願いしたところ、銀行は相続人全員の立ち会いが必要であると言って応じてくれません。
どうしたいいのでしょうか?
Ans
あなたの夫の貸金庫の開扉をするには、他の相続人の同意が必要になります。
もし、この同意を得られない場合は、公証人に対し事実実験公正証書の作成を嘱託し、公証人の立ち会いを得て貸金庫を開扉する事が出来ます。
そして、遺言書が発見された場合、その引きとりについて銀行と協議するといいでしょう。
貸金庫契約
銀行の貸金庫を利用するための貸金庫契約は利用者と銀行との間の賃貸借契約と考えられていますので、利用者の利用権(賃借権)は相続の対象になります。
したがって、相続人全員の同意若しくは立会いがあれば、銀行に対して貸金庫の開扉を求めて内容物の引き取りまでおこなう事が出来ます。銀行の実務においては、一部の相続人による貸金庫の開扉については否定的な考え方を採っています。
つまり、貸金庫を利用し内容物を引き取る権利についても相続の対象になっている以上、遺産分割協議を成立させて貸金庫の契約を相続する相続人を決めた上でないと、開扉に応じないという考え方です。
公証人に対する事実実験公正証書の作成の嘱託
とはいっても、遺産分割協議の前提として、貸金庫の中の遺産や遺言書の有無を調べる事が必要になる事もよくあることです。
そこで、一部の相続人による貸金庫の開扉と内容物の点検を実現する方法として、公証人に事実実験公正証書の作成を嘱託し、公証人立ち会いの下で貸金庫の開扉を得る方法があります。
この事実実験公正証書というのは、公証人が見聞、体験した事実を公正証書として作成するものであり、貸金庫の内容物は事実実験公正証書に記載されます。
こうした事から、この事実実験公正証書が内容物の明細についての証拠になりますので、他の相続人間との紛争を防止する効果も期待できます。銀行実務においても、一部の相続人による開扉の場合にこの方法が採られているようです。
遺言書の引き取り
貸金庫を開扉した際に、その内容物の中に遺言書が発見された場合、一部の相続人であっても遺言書の引き取りを認める事が妥当だと考えられます。
公正証書遺言を除く遺言書を発見した場合は、遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受けなければなりません。これを怠ると過料に処せられる事になっています。
又、遺言書に遺産分割に関する事が記載されている時は、遺言書が遺産分割協議に優先しますので、相続人が遺言書を引き取って、遺言書の内容の実現を進めなければならないと考えられます。
亡き父の預金口座の取引経過の開示請求
先日亡くなった父は、銀行に預金口座を設けていました。相続人は母、私、姉の3人です。このように、相続人が複数いる場合、そのうちの1人が単独で、銀行に対し父の預金の取引経過を開示するよう求める事が出来るのでしょうか?
Ans
共同相続人の1人(今回の場合は貴方)が単独で、金融機関に対し被相続人の預金に関する取引経過の開示を請求する事が出来ます。
可分債権の相続
銀行預金等の金銭債権は、分割して支払いを受ける事が出来るという意味で可分債権といいます。
この可分債権は、相続が開始されると同時に法律上当然に分割され、各相続人が相続分に応じて権利を取得するので、遺産分割の対象にならないと考えられています。
(この点については、このサイトの、「相続・遺言 2」 → 「相続に関する事」 → 「亡き父の預金の相続」 を参考にして下さい。)
共同相続人の1人による取引経過の開示請求
預金契約者の共同相続人の1人が、被相続人の預金について取引経過の開示請求を単独で求める事が出来るかどうかについて、最高裁は次のように判断しました。
共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる
したがいまして、預金債権が可分債権であって、各相続人が相続分に応じて権利を取得する場合であっても、また預金債権の全部が他の誰かに遺贈されている場合であっても(預金債権の帰属とは区別されます)、預金契約上の地位に基づいて、共同相続人の1人が単独で、被相続人の預金の取引経過の開示請求をする事が出来ると解されています。
一般的な、預金者による取引経過の開示請求
私たちの日常生活上において行っている、金融機関に金銭を預け入れるという預金契約の基本的な法的性質は、消費寄託(しょうひきたく)であると解されています。
消費寄託というのは、寄託者(きたくしゃ;例えば私達)が金銭等の代替物を受寄者(じゅきしゃ;銀行)に預け、受寄者が預かった物と同種・同等・同量の物を返還する事を約する契約です。
消費寄託の受寄者には、委任の場合とは違い、寄託の内容を報告する義務はありません。
預金契約が純粋に消費寄託の性質しかないと考えてしまうと、この様な報告義務はありませんので金融機関には取引経過を開示する義務はないと解される余地があります。
この点について最高裁は
預金契約は消費寄託の性質に加えて、委任ないし準委任の性質を有するとの前提に立って、委任契約において受任者に求められる報告義務として、金融機関の開示義務が求められる
と判断しました。
亡き父の預金の相続
先日、私の父が亡くなりました。亡き父の銀行の預金口座を調べた所、残高がありました。
こうした預金の相続はどのようにしたらいいのでしょうか?
Ans
実務では、相続人全員で協議をして預金を含めた遺産分割協議書あるいは預金の払戻請求書を作成し、銀行に提出して払戻しをうけます。
また、協議が出来ない場合は、遺産分割調停、審判において、相続人全員が銀行預金を分割の対象とする事に同意した上で、遺産分割の対象とします。
銀行預金債権の性質
銀行預金等の金銭債権は、支払いを分けて受ける事が出来るという意味で、
「可分債権」といいます。
こうした可分債権が遺産分割の対象になるのかどうかは、考え方が分かれているのが実情です。
判例の立場は、
可分債権は相続の始まりと同時に法律上当然に分割され、各相続人が相続分に応じて権利を取得するので遺産分割の対象とはならない
としています。
例えば、被相続人が400万円の銀行預金を有していて、相続人が4人の子である場合は、それぞれが4分の1の相続分を有している事になり、相続開始と同時に、4人の子がそれぞれ100万円ずつの預金を有する事になります。
しかし、金融機関の実務では、相続人から相続分に応じた預金債権の支払い請求があってもこれに応じず、相続人全員が署名し実印を押した遺産分割協議書もしくは支払い請求書と、相続人全員の印鑑証明書の提出を求めています。
預金債権を遺産分割の対象とする事が出来る場合
預金債権は遺産分割の対象とならないというのが判例の立場でありますが、家庭裁判所の遺産分割調停及び審判においては、相続人全員が銀行預金債権を遺産分割の対象とする事の合意をし、且つ預金債権を含めて分割を行う事が相続人間の公平を実現すると考えられる場合には、預金債権を遺産分割の対象とする事を認めています。
現実においても、預金債権等の可分債権以外の財産において、分割方法を決める場合、公平で適切な分割方法が出来ない場合が多く、当事者においても預金債権等を対象に含めて分割したいと希望する場合が多い等の事情により、調停や審判において預金債権等の可分債権を遺産分割の対象とする例が多いと思われます。
預金債権を遺産分割の対象にはできない場合
相続人全員の協議によっても、遺産分割調停や審判においても、預金を遺産分割の対象とする合意が出来ない時は、各相続人が金融機関に対し相続分に応じた預金債権の支払請求をするしかありません。
この場合、金融機関が支払請求に応じない時は、金融機関を相手に支払請求の訴訟を起こすことになりますのでかなりの手間が必要になります。
遺言に関する法律
不倫相手に遺贈することはできますか?
妻子と別居している男性と私は同棲生活を8年していたのですが、先ごろ、その男性が亡くなりました。その男性は財産を妻子の他に私に3分の1を遺贈するという内容の遺言をしてくれました。私はその遺言により男性の財産の遺贈を受けることができるのでしょうか?
Ans
不倫な関係を継続維持する事を目的とした遺贈は無効になります。しかし、生活を保全する目的でなされた遺贈であって、相続人である妻子の生活の基盤を脅かすものとはいえない遺贈は有効であるとされています。
公序良俗に反するかどうか
問題点は、不倫関係にある女性に対する遺贈の効力は有効なのか無効なのかという事になります。
これについて最高裁判所は、当該遺贈が公序良俗に反しているのかそれともそうではないのかを判断するには、先ず遺言者のなした遺贈の目的を考慮しています。
つまり、不倫な関係を継続維持する目的でなされた遺贈は無効であるけれども、遺贈を受けた女性の生活を保全する目的でなされた内容の遺言書は有効となる余地があるとしています。
それに加えて、配偶者との関係や、不倫相手の女性との関係がどういう状態であったか、遺言はいつ作成されたものなのか、女性への遺贈により、妻子らの相続人の生活の基盤を脅かす事にならないかなどの諸事情を考慮して、公序良俗に反するかどうかを判断するとしています。
公序良俗違反
今回の質問を例にとってお話しますと、不倫相手の女性が男性の収入により生活していたこと、同棲が8年に及んだこと、遺言時に別れ話が出ていた等といった、遺言が不倫関係を継続維持する目的のためになされたという事情がない等の場合は、公序良俗に反しないという結論になり得ます。又、男性と配偶者との関係が破綻に近い関係にあった、女性に全部を遺贈するのではなく、妻子にも遺贈がある事、子が独立している事等の事情があれば、遺言の内容が相続人らの生活の基盤を脅かすものではなく、公序良俗に反しないものとされるでしょう。
私の老後の面倒を見てくれる子
私には4人の子供がいます。その中の1人が、私の老後の面倒を見てくれるとなった場合、その子に財産を残してあげたいと思っています。何か良い方法があるのでしょうか?
Ans
このような場合は、遺言をする方法と負担付死因贈与契約を結ぶ方法があります。
ここで気を付けるべき事は、遺言の場合には、遺留分の問題に留意する必要がありますし、負担付死因贈与契約の方法では、負担の不履行の場合における取消しの問題が生じます。
遺言をする場合
老後の面倒を見てくれる子供に財産を残す方法として、遺言をする方法があります。
例えば、長女が老後の面倒を見てくれるというのであれば、この長女に全財産を取得させるという遺言をする事は可能です。そして、遺言はいつでも自由に撤回したり、作成し直したりすることができます。このような場合では、最後の日付の遺言が有効になりますので、事情が変わったと思ったなら遺言を作成し直す事も出来ます。
ここで気お付けておかなければならない事は、遺留分との関係です。
遺留分とは、(被相続人からみた)兄弟姉妹以外の相続人が、相続財産に対して取得する事の出来る一定の割合であり、被相続人が他の人に贈与や遺贈をしても奪われる事がないものです。もし、被相続人が、ある人に贈与や遺贈をしたとした場合、遺留分を侵害された相続人は、被相続人から贈与や遺贈をうけたものに対し、遺留分の取り戻しを請求する事が出来ます。
今回のご質問の場合も同様に、遺言の内容によっては他の3人から遺留分取り戻し請求がなされる可能性がありますので、遺留分を十分に考慮して、各相続人人に遺留分に相当する遺産を取得させ、面倒を見てくれる子供に対してはより多くの遺産を取得させる必要があります。
こうした配慮が死後の争いを生じさせない事になるかと思われます。
又、遺留分を有している相続人に、生前に遺留分を放棄させる事は、家庭裁判所の許可の審判を得て初めておこなうことができます。その際、裁判所は、放棄が自由な意思に基づいている事、合理的な理由がある事、放棄者が相当程度の財産を受けている事などを考慮して判断します。
負担付死因贈与の場合
負担付死因贈与の方法について考えてみます。
例えば、長女が私達夫婦が死ぬまで面倒を見てくれた時は、私の全財産を長女に死因贈与するという合意を、長女との間で契約するといったことです。このような場合にはやはり書面で残しておく事が後々のトラブルを避ける事が出来るかと思われます。
死因贈与は一種の契約ですので、何の理由もないのに贈与者が一方的に取り消すことはできません(ここが遺言と違うところです)。
又、負担の履行が全くなされないといった場合で、贈与契約の全部または一部を取り消す事がやむおえない時は取消しが認められますし、贈与者の死後、他の相続人から、受贈者の負担の不履行を理由に取消しが主張される事も考えられます。
2通の遺言書を発見しました
先日、私の父が亡くなりました。自分のことについては自分で決めなければ気がすまない性格でしたので、私達に何か言い遺した事があるのではないかと思い、色々と実家を調べていた所、日付の違う2通の遺言を発見しました。
この場合どのように扱わなくてないけないのでしょうか?
Ans
2通の遺言の内容が矛盾しない場合には、両方とも有効ですが、もし、矛盾する内容でしたら後の日付の遺言により、前の日付の遺言が撤回されたものとして扱われます。
内容の矛盾しない2通の遺言
被相続人の身のまわりを調べていて2通の遺言が発見された場合、書かれている内容が矛盾していない場合には、両方とも有効な遺言です。
例えば、最初に見付けた遺言の内容が財産の処分に関する内容で、もう1つの遺言の内容が後継人指定についての内容であった場合、遺言の日付が同じであれ異なっている場合であれ、両方とも有効な遺言です。
内容の矛盾する2通の遺言
よく問題となるのは、遺言の内容が矛盾する場合です。
2通の遺言の内容が矛盾する場合には、後の日付の遺言で、前の日付の遺言を撤回したものとみなされます。なぜなら、遺言は、遺言者の最終の意思を尊重するからです。
また、日付が同じである2通の遺言が発見され、その内容が矛盾する場合には、時間的にみて後から作られた遺言が、後の遺言として有効になります。
その際に、どうしてもその前後を決める事が出来ない場合には、矛盾する部分は両方とも無効とする考え方が一般的です。
前の遺言と後の遺言との間で、内容の矛盾がその全部についてではなく、一部についてである場合には、矛盾した部分に関して前の遺言が撤回されたものとみなされる事になります。
しかし、内容の異なる遺言が発見された場合には、難しい問題が発生する事が多くなります。
例えば、前の遺言では、全部の財産を長女に遺贈すると書いてあるのに、後の遺言では、その中の一部の財産を長男に遺贈すると書かれているとしますと、長男に遺贈する財産を除いたその余の財産は、長女に遺贈するという事なのかどうかはっきりしません。
こういった問題が発生した場合には、遺言の文面、その他の事情から、遺言者の意思を探るよりほかなりません。
このように、遺言の内容が矛盾するのかどうかといった事が問題となっていますので、遺言の方式については問われません。つまり、前の遺言が公正証書遺言で、後の遺言が自筆証書遺言だとしても、後の遺言により前の遺言が撤回されたものとみなされます。
遺言の成立する日
遺言が成立する日は、日付を記載したその日であると解されています。
通常、遺言の日付は遺言書を書かれた日を記載すると思われますが、時にはこれがずれる場合もあるかと思われます。
遺言に記載された日付を遺言者が故意にずらして記載した場合には、その遺言自体が無効だと考えられています。また、記載した日付を間違ってしまった場合、遺言書の記載などから誤記であると判断できるなら、真実の日付により有効なものと考えられています。
死因贈与の取消し
私には2人の息子がいます。2,3年前ですが、長男との間で、私の自宅の土地と建物を私が亡くなったら長男に贈与するという書類を交わしました。
しかしその書面を交わした後、長男は私の面倒を見ないばかりか、私を罵ることが多くなってきました。何のために長男に贈与する書類を交わしたのかを長男は全くわかっていません。
この状況が続くならば長男に対する贈与を取り消したいと思っているのですが、できるのでしょうか?
Ans
死因贈与は、遺贈の場合と同様に、取り消す事が出来ると考えることが可能です。
死因贈与とは
死因贈与は、贈与者(この場合、貴方)と受贈者(この場合、長男)との間で、贈与者の死亡を条件として、物や権利を与える事を約する契約です。
遺言者の一方的な意思表示である遺言の法的性質が単独行為であるのに対して、死因贈与は、贈与者と受贈者双方の意思表示が合致する事により成立する契約の一種になります。
遺言については、民法1022条により、遺言者はいつでも遺言の方式に従い、その遺言の全部または一部を撤回する事が出来るとされています。
死因贈与については、民法554条により、死因贈与の性質に反しない限り、遺言に関する規定を準用する事になっています。
ここで問題となるのは、遺言の撤回を認めた民法1022条の規定が、死因贈与にも準用されるのかです。
死因贈与の撤回
死因贈与において、1022条の規定を準用して、いつでも撤回する事が出来るかどうかについて、裁判例の多くは、その準用を肯定しています。
その理由としては、死因贈与においては遺言と同じく贈与者の最終意思を尊重するべきであり、その為には撤回を認める事が相当であると考えられるからです。
遺言と死因贈与を比較してみると、単独行為である遺言であるならば、遺言者の意思を尊重し、任意の撤回を認める事が出来ると考えられますが、契約である死因贈与に当事者一方の意思による任意の撤回を認めるのは少し問題があるのではないかと考える事も出来ます。
この問に対しては次のように考えられています。
死因贈与は、贈与者の死亡という法定条件付きの贈与者による取消権(撤回権)の留保された契約であると考える事が可能です。
もちろん、死因贈与の行われた具体的な事情によっては
死因贈与の自由な撤回を認める事が相当ではないと考えられる場合があります。
例えば
- 負担付死因贈与において、受贈者が負担の全部またはそれに類する程度の履行をした場合(次設問の「老後の面倒をみる代わりに財産をもらう契約の取消し」を参照してください )
- 所有権の所在について争いがある場合に所有権を認める代わりに死因贈与契約を裁判上の和解で合意した場合
といった事情があるのでしたら、死因贈与の自由な撤回を認める事が相当でないと考えられています。
このような事から、今回の場合においては、死因贈与において撤回を認めないといった特別な事情があるとは思われませんので、長男に対する死因贈与を撤回する事が出来ます。
撤回は、長男に対する意思表示でする事も出来ますし、別の人に土地、建物を与える遺言や死因贈与によってする事も出来ます。
老後の面倒をみる代わりに財産をもらう契約の取消し
私には現在一人身の叔母がいましたが先ごろ亡くなりました。生前、その叔母との間で叔母が亡くなったら叔母の財産をもらう代わりに、叔母の老後の面倒をみるという約束をして、書面も作成しました。
しかし、私は叔母の面倒を見て叔母が亡くなった後になってみると、叔母の全財産を別の姪に相続させるという遺言が見つかりました。
私はこの遺言に従わなくてはならないのでしょうか?
Ans
あなたと叔母との間の約束は、書面による負担付死因贈与契約と考えられます。
そして、あなたはその負担(叔母の面倒をみる)を誠実に履行したと考えられますから、遺言により死因贈与が取消されたとみなされる事はなく、死因贈与が有効であるとされる可能性が大きいと考えられます。
遺言と死因贈与
自分が死んだら財産をやるという場合に、遺言による単独行為で行う場合は「遺贈」であり、あげる人ともらう人との間の契約で行う場合は「死因贈与」になります。
民法の条文上では、死因贈与は遺贈に関する規定を準用する事になっていますが、実際には死因贈与の性質に反する規定は準用されません。
つまり、遺言はいつでも撤回する事が出来ますし、遺言の内容に抵触するような後の遺言や、遺言者の処分行為により、遺言は撤回されたものとみなされる事になります。
これらは、遺言者の最終の意思を尊重すべきだとされるためです。
これに対して死因贈与の場合には、贈与者の最終意思の尊重よりも、贈与者と受贈者との間の信頼関係に基づき受贈者の期待権の保護を優先すべき場合もあるとして、取消しを自由に認めるべきではないという解釈がなされるようになってきました。
負担付死因贈与とその取消し
死因贈与を自由に取り消す事を認めると不都合な場合が生ずるのは、特に負担付死因贈与の場合です。
負担付死因贈与というのは、贈与をする代わりに、受贈者に負担を負わせるというものです。
受贈者に負わせる負担については、贈与者の生前に受贈者に負担を負わせるものでも構いません。今回の場合もこれに当てはまるかと思われます。
民法上、死因贈与は遺贈に関する規定を準用する事になっているからといっても、負担付死因贈与について、いつでも自由に取り消す事が出来るとすると受贈者には酷な事があります。
今回の場合もそうであるように、受贈者が贈与者の生前に誠実に負担を履行したにもかかわらず、贈与者が死因贈与契約を一方的に取り消したり、あるいは別に遺言により死因贈与契約を取り消したりすることを認めると、贈与者の裏切り行為を法が認容する事になってしまいます。
最高裁の立場
そうした事から、最高裁は、負担付死因贈与の取消しを制限する立場をとることを明らかにしました。
そこで示されている事は、受贈者が負担の全部又はそれに類する程度の履行をした場合にはおいては、贈与者の最終意思よりも受贈者の期待権の保護を尊重すべきであることから、やむおえない特段の事情がない限り死因贈与の取消しを認めないという事です。
今回の場合においても、遺言によって負担付死因贈与が取消されたものとみなされる事はないと思われます。